チベットの歴史

チベットは、古代から独立国家であったが、清による支配を受け、清の滅亡後、再び独立国家となりますが1950年に中国人民解放軍による侵略を受け、チベットは軍事制圧されました。その際中国人民解放軍は、夥しい規模の破壊とともに、チベット族の大量虐殺を行っています。その後チベット自治区が設置されました。
1955年 - 1959年に「中華人民共和国政府による併合」に抗議するチベット動乱が勃発し、武力弾圧の結果、十数万人のチベット難民が発生しました。

侵略された独立国家

中国の支配以前、チベットが独立主権国家として存在していたことが、2000年以上も前の歴史に記されています。近年では、1913年にはモンゴルと蒙蔵条約が、1914年にイギリスとシムラ条約が締結されていることでも、チベットが完全な独立国家として認識されていたことが明らかです。しかし、国際連合に代表をもたなかったために、世界は中国の侵略と破壊行為をただ傍観することを容認してしまったのです。
チベットでは10歳にも満たない子供達が「チベットは独立国家だ」とか「ダライ・ラマ法王にご健勝あれ」とささやいただけでも、中国は『母国』を『分裂』をたくらんでいると告発し、投獄を宣告されることが多々ある。チベット国旗に似たものを所持するだけで、7年間投獄される

中国共産党によるチベット文化の破壊

中国のチベットでの情け容赦のない宗教破壊は、文化大革命時の6千を越える僧院と、膨大な数の宗教芸術品の破壊に見て取れ、そして、今日でも共産党当局の宗教に対する態度は少しも変わっていません。 チベットの学究と熟考の中枢である僧院には、中国当局の「工作隊」が駐在し、力ずくで僧や尼僧に政治的・宗教的信念の「愛国再教育」をしています。彼らの手法は文化大革命時に強いたものと同様で、1996年から1998年の間に、中国当局による「厳打」キャンペーンで492名の僧尼が逮捕され、9,977名が僧籍を剥奪されました。 チベットの精神的・政治的指導者であるダライ・ラマ法王と、法王が認定したパンチェン・ラマ11世は公然と非難され、チベット人は中国政府への忠誠を誓うよう強制されています。忠誠を誓わない場合は、投獄やその他の形での処罰が科せられてしまいます。ダライ・ラマ法王の写真を所持することは、現在、チベットでは違法となっています。

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今なお続く中国からの難民流出

自らの生命を賭けてチベット人は、老いも若きも、中国支配のチベットから毎年2,000人以上が脱出し続けています。何千キロにも及ぶヒマラヤ山脈の壁を越えてなんとか中国を脱出できた人たちは、チベット亡命政府の難民収容センターに保護されています。